第1日目
何かを我慢して過ごす月を始めるというのは妙な感じだ。私はアメリカ西海岸で行われたCARE支援者との会合を終えて、カンボジアに戻るところだった。1960年代以降、ロサンゼルスやサンフランシスコといった魅惑的な都市に憧れてきた私にとって、これらの都市を訪れ、CAREをサポートしてくれる素晴らしい人々と出会えたのは本当に素敵なことだった!
話を本論に戻そう。10月16日がやってきたとき、私は台湾発747便に乗っていた。そう、その日は、1日1ドル以下で生活することにした初日。機内での朝食は、ポテトケーキ、スクランブルエッグにベーコン、フルーツ、フルーツジュース、ヨーグルト、パン、バター、ジャム、そしてコーヒー。この中で何よりもコーヒーを飲めないのが一番つらいと思った。
ご馳走を目の前にし、80年代半ばに過ごしたエチオピアのアディスアベバを思い出した。その頃、アフリカ全土でChild-to Child運動*を積極的に進めていたClare Hanburyと一緒に旅をしていた。当時、私は、現地に保健サービスを導入するための活動をしていた。部屋をシェアしていた私たちは、あるとき、一緒にホテルの朝食を食べに行った。上品な英国人気質の彼女は、席につくと、すぐに腐ってしまうだろう食パンにありったけのバターとジャムをのせ、それをナイフで小さく切り、そのまま食べずに置いておいたのだ!
「Clair、何をしようとしているの?.」私は思い切って尋ねた。彼女はこのホテルのゴミ箱で生き延びているストリートチルドレンについて話してくれた。「食パンを切ってバターとジャムをのせておけば、他の客に再び出されることはないわ。つまり、子どもたちがそれを食べられるのよ」。
カンボジアでは、飛行機から出される残飯を“Gods Rubbish Bins(神様がくれたゴミ)”と呼ぶ。そこで、機内で私は、小さなサンドイッチを作った。子どもたちがそれを手に入れられるよう願いながら。想像してみて、あなたの子どもがゴミ箱から食べ物をあさっている姿を。私たちが終えた食事から出された残飯を口にしている光景を。
空腹のまま、毎晩眠りにつく人々が多くいるという現実。これを変えるための活動に私は光栄にも関わることができてきた。私はCAREで、同僚やパートナーとともに、安定した食糧供給といった大規模な形でこれを行っている。農業や貯水・水浄化を改良して導入したり、家庭菜園や予防接種プログラム、必要不可欠なヘルスケアや教育へのアクセス確保といった、子どもたちを守るための栄養や衛生教育面などのさまざまなサービスを導入してきた。
何か変化をもたらすことができるのは、こういった形での支援だと思う。だから、1日1ドル以下で暮らす生活がどんなものか自ら体験しながら、これから1カ月間、より大きな課題に取り組み続けるわ。時差ボケからも回復しつつあることだし。
*(学校内外で)子どもが得た知識が家庭や地域での生活と密接に結びつき、それが行動となって現れるChild-to-Child Approachを通した運動。