生きるチカラを信じて支える ケア・インターナショナル ジャパンは、貧困の根源の解決に向け、災害時の人道支援を行うとともに、「女性や子ども」に焦点をあてた活動を通して、最も困難な状況になる人々の自立を支援しています。

Cambodia

カンボジア

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カンボジア

©Harsha De Silva

首都
プノンペン
面積
18万1000平方キロメートル(日本の約2分の1弱)
人口
1460万人 *1
主要構成民族
90%がクメール人
宗教
仏教、その他にイスラム教など
主要農産物・工業製品
農林水産業、工業
成人識字率
男性85%、女性64% *2
平均寿命
男性54.2歳、女性61.1歳 *3
HIV感染率(15~49歳)
男性1.8%、女性1.5%(日本は男女ともに0.1%以下) *4
乳児死亡率(1000人あたり)
88人(日本は3人) *5
 
*1-5 UNFPA(2007年)

カンボジア王国(以下、カンボジア)は、東南アジアのインドシナ半島の中央に位置し、東はベトナム、西はタイ、北はラオスと国境を接しています。国土の大部分が平野で、中央を南北にメコン川が流れています。季節は大きく雨季と乾季に分かれ、雨季にはメコン川の増水による洪水がほぼ毎年発生し、メコン川沿いの地域に住む人々の生活に影響を及ぼしています。人口の90パーセント以上が上座部仏教を信仰しています。言語は、クメール語(カンボジア語)が公用語ですが、ホテルやレストランなどの外国人旅行客の集まるところでは、英語やフランス語も使用されています。

カンボジアは、1970年代から20年余り、戦争と内戦の時代が続きました。国土は荒廃し、社会基盤が壊滅状態になりました。1991年に和平協定が締結されて内戦が終結、1992年より国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による平和維持活動が実施され、国際社会の支援を受けながら復興・復旧の道を歩んできました。しかし、壊滅した経済・社会基盤、奪われた多くの人命という痛手は、カンボジアに今なお多くの問題をもたらしています。

内戦による影響

カンボジアでは、国民全体の生活水準が低く、労働人口の約70%が農林水産業に従事し、国全体の貧困層の約90%が農村部にいると言われています。長期にわたる戦乱と国際的孤立は、カンボジアの自然資源・人的資源を破壊し、これらの後遺症は現在においても国の発展の妨げの一つの原因となっています。そして、現在のカンボジアの貧困の原因には、カンボジアの産業構造の問題、貧困層の資源や市場へのアクセスが限られていること、医療・教育機会の欠如のため貧困層が貧困から抜け出せない悪のサイクルがあること、そして不公正な統治のあり方などの原因が指摘されています。

ポルポト政権時代には、教育は否定され、カンボジアは多くの教員を失い、教育システムは壊滅的な状況になりました。この大規模な教育システムの破壊は、現在も教育復興の足かせとなっています。カンボジア教育省は、基礎教育の充実を目標に設定していますが、教員の質の低下、都市部・農村部での教育格差、高い退学率・留年率などの問題を抱えています。

また、長い戦争・内戦時代の産物として地雷はいまだに全土に埋められており、現在も年間400人以上の死傷者を出しています。地雷は、国土を荒廃させ、経済活動を阻害するとともに、人々の社会生活を脅かしています。地雷の撤去、地雷についての教育、被害者の支援など、いずれも解決すべき課題となっています。

HIV/エイズ問題

カンボジアのHIV感染率は減少傾向にあるものの、HIV感染者やその家族たちの状況は深刻です。近年の傾向としては、HIV感染者の割合が増加しているのは女性であり、夫から妻への感染が主な原因です。さらに、感染経路としては、母から新生児への感染が全体の3分の1を占めています。

なお、人々のHIV/エイズに関する理解は乏しく、忌み嫌われるものとして捉えられており、エイズ患者が社会的な差別の対象となります。患者は、医療サービスを受けられない、仕事を続けられない、家族から見放される、死後も墓地への埋葬を拒否される、などの虐げられた状態にあります。このような誤解・偏見は、さらにHIV/エイズについての知識が入ることを妨げ、感染を予防するための知識がないまま、患者が増える可能性があるという悪循環をもたらします。

ジェンダー

カンボジア憲法では、女性は男性と平等であり、地位・権利が保障されています。しかし、 伝統的価値観や慣習により、 女性が男性と等しい社会的機会を受けることができないのが現状です。例えば、教育を受ける機会において女子の就学率は男子に比べて低く、男女の格差は高学年になるほど大きくなります。貧困家庭に生まれ、労働力として家族を支えることができる年齢の女子は、村で家族を支えるという伝統的な役割に加えて、出稼ぎに出て生計を支えることが家族から期待されます。また、親や地域の人々の「女子は家庭の重要な労働力」「女子に教育は必要ない」という女子教育に対する意識の低さも、女子を教育から遠ざける大きな要因となっています。

CAREのカンボジアにおける活動

CAREは、1973年~1975年の間、食糧配布・医療支援・教育改善などの活動を行いました。1990年には国連と連携して、タイ国境付近からの37万人の難民の帰還を支援しました。その後、活動の焦点を短期間の緊急支援から、貧困地域の生活改善に向けた長期的な支援活動へと変えていきました。現在、食糧の確保、災害予防、基礎教育・女子教育、地雷撤去および地雷教育、母子保健、HIV感染者の権利やジェンダーなどについての意識向上、貧困層の収入向上などさまざまな分野で活動を行っています。

ケア・インターナショナル ジャパンは、女子教育に対する意識の低い貧困地域における意識向上や女子教育のための環境改善などの活動を行ってきました。現在は、カンボジアの中でも特に厳しい貧困に直面している遠隔地域にて、人身売買や売春・ドラッグの被害やHIV/エイズ感染などの危険にさらされている青年男女が危険から身を守るために必要な知識や能力を身につけられるよう支援しています。

関連情報

ココン州青年男女の能力向上プロジェクト(2007年~2008年)

コミュニティのための人材育成事業(2004年~2007年)

女子教育事業 サマキ クマールII(2004年~2006年)

レインボー事業(2000年~2006年)


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