生きるチカラを信じて支える ケア・インターナショナル ジャパンは、貧困の根源の解決に向け、災害時の人道支援を行うとともに、「女性や子ども」に焦点をあてた活動を通して、最も困難な状況になる人々の自立を支援しています。

Sri Lanka

スリランカ

支援地域の地図・一覧へ戻る

©2005 CARE/Josh Estey

首都
スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ
面積
6万5,607平方キロメートル(北海道よりやや小さい)
人口
2110万人 *1
主要構成民族
シンハラ人、タミル人、スリランカ・ムーア人(ムスリム人)
宗教
約70%が仏教、その他にイスラム教、ヒンズー教、キリスト教など
主要農産物・工業製品
紅茶、ゴム、ココナッツ、宝石など
成人識字率
男性92%、女性89% *2
平均寿命
男性72.4歳、女性77.7歳 *3
HIV感染率(15~49歳)
男性0.1%、女性0.1%以下 *4
乳児死亡率(1000人あたり)
15人(日本は3人) *5
 
*1-5 UNFPA(2007年)

スリランカ民主社会主義共和国(以下、スリランカ)は、インド洋に浮かぶ南国の島で、「スリランカ」とは「光り輝く島」の意味です。熱帯性気候に属し、高温多湿で海岸部および低地の年間平均気温は27度です。一方、中央の高原地帯の気候は冷涼で、標高約2000mの紅茶農園が広がる地域では、年間平均気温が12度と非常に低いです。主要産業は農業ですが、とりわけ紅茶の生産が盛んで、セイロンティーとして親しまれています。首都はスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテですが、最大の商業都市は島の南西海岸に位置するコロンボ(旧首都)です。公用語はシンハラ語とタミル語ですが、英語も使われています。

1948年に英連邦内で「セイロン」という名で自治領となりました。その後、1972年に完全独立し、国名をスリランカ共和国に改称、1978年に現在のスリランカ民主社会主義共和国になりました。1983年に内戦が勃発、スリランカ政府軍と反政府武装組織(LTTE)との間で衝突が続きました。2002年には停戦合意がなされましたが、戦闘が再開されるなど和平交渉は進まず、2008年1月に政府がLTTEとの停戦協定の破棄を発表、情勢は現在も不安定です。

スリランカが抱える問題

スリランカは、平均寿命が長く、乳幼児死亡率は低く、識字率は90%に及ぶなど、開発途上国の中では良好な社会状態にあると言えます。しかし、多数派のシンハラ人と少数派タミル人との民族対立を背景に、1983年以降、約25年間にわたって内戦状態にあります。タミル人が多く居住する北部のジャフナ地域と東部を中心に、分離独立を求める少数派タミル人の武装勢力「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」と政府との衝突が続いており、戦闘が繰り返されています。その後、ノルウェーの調停などで一時停戦しましたが、2006年に再燃しました。これにともない、コロンボなどでの爆弾テロも発生しており、市民の犠牲も多く出ています。

イギリス植民地時代にゴム、紅茶、スパイス、ココナッツなどのプランテーションが導入され、当時、南インドから労働力として連れてこられたタミル人の子孫が、現在も地理的・社会的に隔絶したプランテーション農園での生活を送っています。農園経営者は支配者層である多数派のシンハラ人です。農園居住者はスリランカの貧困層の一つであり、一般の市民が享受できる社会サービスへのアクセスが十分に得られず、また、衛生状態が劣悪な環境で労働に従事するため、農園居住者の寿命は国全体の平均よりも短い状況です。

CAREのスリランカにおける活動

CAREはスリランカにおいて、1956年以来、50年以上にわたって活動を行っています。当初は食糧支援や母子の健康に焦点を当てた活動を行っていました。1980年代に経済状況が悪化した際には、貧困軽減に向けた活動に重点的に取り組みました。 CAREのスリランカでの活動は、主に次の3地域の人々を対象としています。北・東部の紛争地帯で紛争の影響を受けている人々、国土の3分の2を占める乾燥地帯の貧しい農村コミュニティ、主要産業である紅茶やゴムなどのプランテーション農園の居住者です。北・東部では、すべての紛争地域において活動しており、人々の生活再建のための支援を行ったり、コミュニティのニーズに応えられるよう住民組織の強化をサポートしています。また、約85万人が居住するプランテーション農園では、シンハラ人農園経営者とタミル人居住者とのコミュニケーションを促し、農園居住者が必要な情報やサービスにアクセスでき、生活が改善されるよう支援するとともに、住民組織の能力強化と行政サービスの強化をサポートしています。

2004年に起きたスマトラ沖津波・地震では、北部、東部、南部の海岸地帯が被害を受け、3万人以上の人々が亡くなり、50万人以上の人々が家を失いました。漁師は船や漁具を失い、農具は流され、田畑は塩水で汚染されて農作物の生産が不可能になるなど、人々の生活に大きな打撃を与えました。CAREは災害直後から緊急支援を行うとともに、家の再建や水・衛生面での支援、心のケアなどさまざまな復興のための支援を実施してきており、現在も被災者の自立のための支援を継続して行っています。

関連情報

紅茶農園内住民組織の運営能力向上プロジェクト(2006年~2008年)

スマトラ沖津波復興事業 子どもの心のケアプロジェクト(2006年~2008年)

プランテーション居住者の生活改善事業(2003年~2006年)

スマトラ沖津波復興事業 学校における子どもの心のケアプロジェクト(2005年~2006年)

ニュースリリース

スリランカにおける紛争の被災者に水と衛生面での支援が緊要(2009年5月5日)

スリランカの紛争地域から大多数の市民が避難。CARE、緊急支援活動を拡大(2009年4月22日)

スリランカの人道支援関係者、スリランカ北部の紛争地域、ムライティブの市民に対して大きな懸念を表明(2009年1月29日)

CAREとOxfam、世界飢餓に対する国際的対応見直しのためのフォーラムを開催(2008年4月14日)

スマトラ沖津波関連スペシャルリポート(2004年~2005年)

スリランカ現地報告「支援が人々の手元に届くまで」

スリランカから二つのストーリー

スリランカ緊急現地報告 第1報


支援地域の地図・一覧へ戻る

  • CAREパッケージ
  • CARE支援組織
  • ジェンダーハンドブック
  • フォトギャラリー
  • accountability2012.jpg