生きるチカラを信じて支える ケア・インターナショナル ジャパンは、貧困の根源の解決に向け、災害時の人道支援を行うとともに、「女性や子ども」に焦点をあてた活動を通して、最も困難な状況になる人々の自立を支援しています。

Bosnia and Herzegovina

ボスニア・ヘルツェゴビナ

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©2005 CARE/Rick Perera

首都
サラエボ
面積
5万1,000平方キロメートル
人口
390万人 *1
主要構成民族
ボスニアック人(ムスリム人)、セルビア人、クロアチア人
宗教
イスラム教、キリスト教(セルビア正教、カトリック)
主要農産物・工業製品
木材業、鉱業、繊維業
成人識字率
男性99%、女性94% *2
平均寿命
男性72.0歳、女性77.4歳 *3
HIV感染率(15~49歳)
-
乳児死亡率(1000人あたり)
12人(日本は3人) *4
 
*1-4 UNFPA(2007年)

ボスニア・ヘルツェゴビナは、バルカン半島に位置する山の多い国です。国土の中心をディナル・アルプス山脈が通り、南部の一部がアドリア海に面しています。そのため、北部は大陸性気候、南部は地中海性気候で、日本の約7分の1ほどの面積の小さな国の中で地域によって気候が異なります。

ボスニア・ヘルツェゴビナは旧ユーゴスラビアの構成国でしたが、冷戦の終結とともに旧ユーゴスラビアの構成国の間で独立の動きが起き、ボスニア・ヘルツェゴビナにおいても独立をめぐってムスリム、セルビア人、クロアチア人の民族間の対立が生じました。1992年には内戦が勃発、20万人の死者と200万人の難民・避難民を生じさせた戦後の欧州で最悪の紛争となりました。1995年のデイトン和平合意で内戦は終結し、ボスニア・ヘルツェゴビナは、ムスリムおよびクロアチア人が中心のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦と、セルビア人が中心のスルプスカ共和国の二つの高度に分権化された政治的主体から構成される国になりました。

経済疲弊と人身売買

紛争により破壊されたインフラなどの復興は進みましたが、経済が受けた打撃は大きく、今日に至るまでボスニア・ヘルツェゴビナの経済は対外援助に大部分を頼っています。また、1990年代半ばから人身売買が大きな問題となっています。かつては中継地点や目的地として見られていましたが、現在では供給源として認識されており、人身売買の主要な被害者はボスニア・ヘルツェゴビナの市民です。

CAREのボスニア・ヘルツェゴビナにおける活動

CAREは、ボスニア・ヘルツェゴビナおよびクロアチアを含む地域で影響力を持つすべての民族および政治地区で活動を行った最初のNGOの一つです。1992年からバルカン半島で活動を開始し、1994年にサラエボで大規模な緊急支援活動を実施して以来、その活動を広げてきました。現在、保健・水・社会サービス・トラウマケアなどさまざまな分野でプロジェクトを実施しています。

東ボスニアとヘルツェゴビナでは、高い失業率を改善するための持続的な経済開発プロジェクトを行っています。地域経済が活性化されれば、収入が得られる可能性が高まり、難民の帰還も促します。また、人身売買を防止するためのプロジェクトをボスニアおよびその周辺国(クロアチア、セルビア、モンテネグロ)において実施しています。国が、人身売買を予防し、またこの問題に対応できるよう、適切な法整備や政策に必要となる分析・モニタリング能力やアドボカシー能力を高めるための支援を行うとともに、ボスニア・ヘルツェゴビナとその周辺国間におけるNGOや地域機関の連携強化のための活動を行っています。また、コミュニティレベルでは、女性や子どもを人身売買から守るためのコミュニティの能力強化を支援しています。


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