生きるチカラを信じて支える ケア・インターナショナル ジャパンは、貧困の根源の解決に向け、災害時の人道支援を行うとともに、「女性や子ども」に焦点をあてた活動を通して、最も困難な状況になる人々の自立を支援しています。
東日本大震災ブログ

被災地、それぞれの奮闘 [木村雅子のブログ]

[ 2012.7. 8 ]

CAREでは山田町、大槌町で被災した個人事業者に、各々操業再開に必要な物品を提供する支援を行っています。その件数は、両町合わせて67件になりました。募集の際の個別ヒアリング、物品提供後の訪問など、一連の活動を通じて、被災地に暮らす方々それぞれの生活、それぞれの現状、それぞれの奮闘などが垣間見えました。

大槌町に建設されたプレハブ仮設商店街にお惣菜屋さんを開店された和田さん。震災前は、ご実家である酒屋さんでお惣菜を作っていらっしゃいました。地震直後、車で家に戻ろうとした時に大きな津波が向かってくるのが見え、一瞬、頭が白くなり体が動かなくなったそうです。
避難所では炊き出し班を作り、朝・昼・晩と、厨房を指揮して100人近くの食を担っていらっしゃいました。その中で、特に高齢者の栄養管理の難しさに気を留められ、仮設住宅に移られてからは同じ団地内の独居高齢者世帯にお弁当を届けることを始められました。「役に立ちたい、何かできることをしたい」その想いで動かれていたと聞きました。そして昨年12月、まだ町内に店らしい店が開かない状況から、全流した自宅に対して出た義援金を資金に充てて、小さな惣菜店を始められました。

店舗内の厨房に立つ和田さん。
店は娘さんと二人で切り回されています。

現在は店で惣菜や食料品を販売しながら、大槌町内全域の仮設団地に訪問販売に赴いていらっしゃいます。外に買いものに出られなかったり思うように調理ができないような独居高齢者世帯などには、時には野菜などを届け、生活の様子をうかがわれるることもあるそうです。
「『役に立ちたい、助けたい』そう思いながら、結局は自分も助けられているんです。」、と和田さんはおっしゃいます。

「工具がフル回転するようにがんばります。」
提供した工具を大事そうに見やる田代さん。

仮設住宅の自宅を拠点にして、電化製品の出張販売、修理の仕事を再開された大槌町在住の田代さん。仕事に必要な器具、工具は全て、自宅・店舗と共に流され、当初は業務の再開も考えていらっしゃらなかったそうですが、震災後に入院した花巻市の病院内でテレビの修理を行ったことをきっかけに、できる範囲で要望に応じた仕事をやっていこうと決められたそうです。
「欲を出さず、人のために。捨てる前に連絡を」。ご自身も仮設住宅暮らしのため、同じ目線からニーズを把握して、細かい修理まで行われます。以前は町内に17軒あった電気屋さんは、現在2軒になりました。町の人々にとっても貴重な電気屋さんです。

「震災直後は大きな屋根が前の道を塞いでたんですよ。」
CAREからは店内の陳列棚を提供しました。

青果の卸業を本業にしながら、コンビニエンス・ストアを経営されている廣田さんご家族。震災時、住居として使用されている2階は被災を免れたものの、1階の店舗は浸水しました。それでも、食糧調達の手段がない近隣地域の住民のために、震災4日後から残った缶詰などの汚れを落とし、ご主人が毎日、盛岡まで仕入れに出向いて、泥で埋まった店の前に並べて販売を行われたそうです。
お伺いした日、店には近所のご常連さんと思われるお客さんが入れ替わり立ち代わりやって来られ、レジで会話を交わされていました。以前からずっとこうであったのだろうと思われるような、ほっとできる光景でした。町内の一角に馴染んだ商店です。

津波の痕跡が残る敷地内。建物のすぐ脇には今も
がれきの山が。左奥に見えるのが大槌町の水門。

今回の商業支援とはまた異なる枠で支援の機会を得た大槌町の水産加工業者「伊藤商店」。60人もの従業員を抱える企業でした。水揚げした水産物をすぐに持ち込み加工できるよう、工場も倉庫も事務所も海の目の前にあるため、被った被害は甚大でした。冷凍工場2カ所、食品工場2カ所の被災、業務用トラックの流失、冷凍した原料や在庫商品の損失。再建に向けた資金調達を行おうにも状況は厳しかったそうです。
それでも、町内に拠点を置く水産加工場は伊藤商店しかなく、漁協から要請を受けて、地元で水揚げされた水産物全ての買い取りを行われました。地元水産業に関連する流れの全てが動かないと全体が動き出せないため、「何とかしないと」、と思われたのだそうです。
自力でブルドーザーを借り、腐敗した水産物や敷地内のがれきを撤去し清掃を行わった際には、元従業員の方々がボランティアで参加されたそうです。昨年12月、何とか鮭の漁期に間に合わせられるよう駆け込みで動きを開始した時は、まだ工場の壁もないまま、ブルーシートを張って作業に臨まれたと聞きました。

改装した事務所内で、デザイン一新したワカメの
パッケージを手にする3代目、伊藤三郎さん。
塩蔵ワカメはネットからも注文できます。

現在は新スタートの意を込めて、土産物、贈答品用の塩蔵わかめのパッケージも新たに、少しづつ施設を整備されながら操業されています。従業員数は20名に減り、居住地もばらばらになりましたが、遠くは釜石市まで送迎車を出して就業を支えられています。
「ゼロではなく、マイナスからの出発なので、正直キツイです。しかし地元産業を回して行くために何とか頑張っていきたい」。3代目の伊藤三郎さんはおっしゃっています。

この他にもたくさんの方々に会い、多くのお話を聞かせていただきました。
当たり前のことですが、100人いらっしゃれば100通りの状況があり"生き方"があります。しかし今回の支援を終えて対象者の方々にお会いした時、共通して感じられたことがありました。それは、皆さんが非常に良い笑顔をしていらっしゃったということです。
大震災の大きな傷跡を前に、我々が行っている活動は微々たるものにしか過ぎないかも知れません。しかし被災地でそれぞれの毎日を生きておられる方々の一人でも多くが、ご自身の日常生活を修復し、仕事を通じて張り合いを取戻し、良い笑顔になっていただけるようなお手伝いができていれば幸いに思います。そしていろいろな役割を持った方が再興していくことで、町が少しずつでも本来の姿を取り戻していくことを願います。


澤田さん.JPG

5月に営業再開したばかりの澤田塗装。
身の回りの小さなものから建物など大きなものまで
何でも引き受けられています。

佐々木商店.JPG

小型農機具の修理・販売を行う佐々木商店。
塩をかぶった農機具の修理・販売依頼がたくさん来たことから
半壊した自宅の一角で営業再開されました。

阿部勝.JPG

自宅も作業場も全て流され、当初は再開の気力が
出なかったという大工の阿部さん。
"自宅の新築場所が決まった"という仮設世帯からの
喜ばしい注文が入っています。

関谷さん.JPG

「一人一人の生活が元に戻った時が復興した時」
と、土木建築業者の関谷さん。
ホテル従業員や漁師など、まだ本職に戻れない方々の
雇用を行っていらっしゃいます。












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Tel: 03-5950-1335 広報担当

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