生きるチカラを信じて支える ケア・インターナショナル ジャパンは、貧困の根源の解決に向け、災害時の人道支援を行うとともに、「女性や子ども」に焦点をあてた活動を通して、最も困難な状況になる人々の自立を支援しています。
ニュースリリース

ガザ地区よりCARE スタッフブログ Vol.7
停戦後、初のブログ
今日、私は希望に満ちている

[ 2009.1.22 ]

スタッフガザ地区CARE現地事務所
プロジェクト・マネージャー Jawad Harb

Jawad Harbは、ガザ地区のラファという町に妻と6人の子どもと住むパレスチナ人です。2002年からCAREで働き、ガザ地区の女性のための施設をサポートするプロジェクトを管理しています。12月27日にイスラエルの攻撃が開始されて以来、激しい爆撃のために活動を停止せざるを得ない状況になっています。
photo: (C)CARE

平常

ようやく平常に戻ったかのよう。
お昼ごはんを食べるJawadの息子たち。手前は、
前回のブログに登場した Ziad。Ziadの通う学校は空爆で破壊した
©CARE

(2009年1月19日)
まず気づいたのは、静けさだった。この3週間で初めて、爆撃も、叫び声も聞こえない。停戦になったのだ。

昨夜、3週間で初めて、私は6時間眠ることができた。子どもたちも不安や恐怖を感じることもなく、スヤスヤと眠った。夜、子どもたちが眠っているのを私はじっと見ていた。家に爆弾が落ちてくることを心配する必要もない。また人間らしい気持ちを取り戻したように感じた。

近所の破壊状況を見るために、ゆっくりと人々は動き出した。しかし停戦から最初の日は、皆、少し疑い深くなっていて、完全に安心してはいなかった。特に北部で空爆があったと聞き、まだ頭上を行く戦闘機が見えたときは...。

3週間ぶりに、私は子どもたちと外に出て行った。子どもたちは近所の公園を見て、とても悲しんでいた。空爆のあった最初の週に、公園は周囲の家とともに破壊されてしまった。今、子どもたちの遊び場はない。それが唯一の公園だったのだ。

地元の団体によって運営されているコミュニティセンターがある。卓球・ビデオゲームなどを楽しめる部屋や近隣の子どもから構成される「子ども議会」のためのミーティングルームが設置されている。子どもたちは、子どもの権利に関する問題についてここでディスカッションを行うこともできる。しかし、このセンターもまた破壊されてしまったことは、私の子どもたちにとって最大の衝撃だった。それは、ただのがらくたと化していた。

私は子どもたちとラファにいる妹を訪ね、空爆で命を落とした知人の話をした。子どもたちは皆一緒に遊んでおり、妹と私は彼らの無邪気な会話を聞いていた。

「空爆の間、きみは泣いた?僕は泣かなかったよ。すごく強かったよ。きみは強かった?夜はぐっすり眠れた?どこで寝た?僕のパパは家にずっといて、本を読んでくれたよ。きみのパパは本を読んでくれた?」

子どもたちは彼らなりに情報交換しているかのようで、ある意味、とてもおかしかった。でも心配だ。子どもたちはこの体験をどのように内面で消化しているのだろうか。

今日は実に静かだ。空爆が始まって以来初めて、買い物に行った。燃料とトマトやキュウリなどの野菜を買った。肉さえも売っていた。果物はあまり手に入らなかったが、オレンジを少しだけ見つけた。すべてのものがとても高い。私は仕事を持っているので、まだ恵まれている。紛争が始まる前にお金を銀行から引き落としていた。隣人のほとんどはそれほど恵まれてはいない。銀行には全くお金を持っていないのだ。

昨夜9時に電気が通った。電気修理を行う人は、停戦が宣言された直後から働き始めなければならなかったに違いない。子どもたちはテレビでアニメを見た。すべてが平常に戻ったかのようだ。今朝、息子たちはサッカーボールを持って、ほかの子どもたちと遊びに行った。

土曜日には子どもたちは学校に行くことになっていたが、今、学校は避難所として使われている。上の娘は「パパ、いつになったら学校に行けるの?」と聞く。子どもたちは私に、いつから学校に行けるのか、政府に確認してほしいと言う。

今、私はバルコニーに立って、近所一帯を見渡している。人々はさんさんと降り注ぐ太陽の下、座ってお茶を飲み、微笑んでいる。すべてが実に正常に見える。

ついに停戦となり、皆、ほっとしている。しかし、多くの人が人間やインフラなどすべてに与えた損害について心を痛めている。ガザの人々は全世界から見捨てられたのだ、と言う人も多い。それほど被害は大きく、それほど多くのものが破壊された。

昨日、がれきの下から100体もの遺体が見つかった。とても衝撃的なことだ。何週間もそこに埋まったままだった。静けさの中で、人々は悲しみについて語り合う。苦悶に満ちた経験を思い起こしている。

戦時中のことを忘れることは容易ではない。私たちは停戦を喜んでいるが、まだお祝い事はない。ガザの人々は恒久的な平和を望んでいる。ガザ地区の封鎖は終結されるべきである。ガザが世界に開かれた場所となり、ほかの人と同じように働き、生きられるようになることを、ガザの人々は望んでいる。明日、私はまたCAREの仕事に戻る。破壊されたものを立て直すことに着手する。

私たちは、次に何が起こるのかを注視し、そして待っている。しかし今日は、私は希望に満ちている。


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