生きるチカラを信じて支える ケア・インターナショナル ジャパンは、貧困の根源の解決に向け、災害時の人道支援を行うとともに、「女性や子ども」に焦点をあてた活動を通して、最も困難な状況になる人々の自立を支援しています。
ニュースリリース

ミャンマー・サイクロン被災者支援
災害発生から6ヶ月。現地からリポート

[ 2008.11.25 ]

事業部 貝原塚 二葉

支援によって提供されたトラクターにまたがり、笑顔の村人たち
支援によって提供されたトラクターにまたがり、笑顔の村人たち
収穫を待つ水田。水田に設置されたプレートには、収穫予定日は「12月1日」とある
収穫を待つ水田
収穫を待つ水田。水田に設置されたプレートには、収穫予定日は「12月1日」とある
(2008年11月25日)
過去に例を見ない規模のサイクロンがミャンマーを襲ってから半年が過ぎました。サイクロンの被害により、多くの尊い命が失われ、また生き残った多く人々が家族や友人など大切な人を失い、家や家畜、畑などすべてを失いました。国連によると、死者約84,530人、行方不明者53,836人にも及び、ヤンゴンおよびイラワジ・デルタ地区の240万人が被害を受けたと言われています。CAREは、発生直後から緊急支援として、水と衛生・食糧・生活用品・住居再建に必要な資材と道具などを支援してきました。半年が過ぎ、CAREの活動も緊急支援から復興支援へと移行しつつある中、10月20日より再度現地を訪れ、被災地の、そして人々の様子を見てきました。

私が前回現地入りをしたのは、サイクロンがミャンマーを通過してから1カ月ほど経過した6月でした。当時、CAREは、サイクロン発生直後から開始した緊急支援を、まさにスタッフ総動員で展開していました。被害の大きさもさることながら、これまで開発支援を14年間継続してきたCAREミャンマーにとって、これほど大きな規模の緊急支援は初めての経験でした。CAREミャンマーでは緊急チームを立ち上げ、既存の開発チームのスタッフや、海外からの緊急支援専門スタッフの応援を受けて、支援活動に取り組みました。前回の訪問時に、休みや寝る間を惜しんで被災した人々のために必死に働くスタッフたちを頼もしく思ったことを覚えています。

今回の訪問では、2週間の滞在の間に被災地を二度訪れることができました。前回、被災地を訪問する際の手続きに時間を要したことに比べ、今回はそれほど時間がかからなかったことも大きな変化の一つなのかもしれません。訪問した二つの村のうち、一つは前回も訪れた村でした。しかしすぐにはわからず、見覚えのある僧院を見て初めて、前回来たところだと気づきました。前回の訪問時は、空き地に支援物資である大きな水がめがずらっと並べられていました。またその脇にある貯水池は、村の人々が安心して使えるようにサイクロン被害による残骸や塩分の混ざった水などを取り除く掃除の真っ最中で、ポンプがフル回転で水を汲み上げていました。今回はCAREの支援物資配布の拠点となった空地にはすでに水がめの姿はなく、静まり返った貯水池の脇には、新たに設置されたフェンスと水をくみ上げるポンプ、そして稲で青々とした水田が広がっていました。あと数週間か1カ月くらいの間にも、稲刈りが始められるそうです。少しずついろいろなものに変化が見られ、小さくても着実に復興への歩みが進められているのだと実感した光景の一つです。

前回の7月の視察の際には、まだ復興に向けて人々が動き出したばかりで、船を修理する人、支援物資の食糧の袋を運ぶ人、家を修理する人と、行く先々の村で活気のある様子が見られました。それはせわしないくらいでした。しかし半年も経つと、すっかり平穏を取り戻し、村の中の空気もどこか落ち着いたように感じられました。支援物資配布もある程度完了し、CAREの支援で配布されたハンドトラクターや種もみで夏期の稲を植え育てている村人たちは、「田植えを開始できるぎりぎりの時期にCAREの支援が間に合って、なんとか稲を育てることができた」と嬉しそうに話してくれました。また、ある年配の男性は「家畜(牛)は死ななかったけれど、餌もなく、またサイクロンのショック状態で弱ってしまい、田畑で働ける状態ではなかった。CAREのトラクター支援がなければ、今度収穫する米を育てることはできなかった」と、しわくちゃの笑顔で話してくれました。

復興に向けての兆しはほかにも見られました。前回の視察で被災地に入った際、道すがら見られる幹の途中から真っ二つに折れた木や根こそぎ倒れた大木、吹き飛ばされた住居の跡、積み上げられた木材などを見て、本当にサイクロン発生から2カ月も経過したのだろうかと思わずにはいられませんでした。その光景に、サイクロンの威力のすさまじさとその爪あとの深さを改めて思い知らされました。今回もほぼ同じような場所を通り、前回同様に車や大小の船を乗り継いで行きましたが、その光景がどう変わったのか、私の関心事の一つでした。まず、支援物資のシートで覆われた家は、シートが古くなって時の流れを感じるものも多くありましたが、すでにバナナの葉など何らかの素材で修復や再建がなされたのでしょうか、青いシートが以前ほど目につくという印象はありませんでした。川沿いにあった大木は、水分を含んで朽ちていくものもあれば、中にはその倒れた状態のままで新しい枝が成長し、緑の葉をつけているものが何本も見られました。サイクロンの被害を受けた木が、そのような状態になりながらも新たな枝や葉をつけて生きている様子が、甚大な被害を受けたミャンマーの人々が自分たちで試行錯誤しながらも生活を再建して行く様子と重なり、非常に印象的でした。

現在、被災地では緊急から復興の段階へと移行しつつあります。しかし、緊急支援と復興支援を明確に区切ることは非常に難しいことも事実です。例えば、食糧供給については、サイクロン後に植えられた稲の収穫はまだ始まっておらず、以前の状態にどこまで回復できるのかも不明であり、結局、貧しい人々は人道支援組織の食糧支援に頼るほかありません。また、収穫ができたとしても、以前のような生活をすぐに取り戻すことは難しいでしょう。

CAREでは、サイクロン被災者への緊急支援開始当初から、中・長期の支援を視野に入れて、活動を展開してきました。ミャンマーの人々が生活を再建していくには、まだ時間がかかります。CAREは、少しずつ、でも着実に支援を積み上げていくことで、ミャンマーの人々が以前のような暮らしを取り戻していくことができるよう、今後も現地の人々と力を合わせて活動を継続していきます。

  • CAREパッケージ
  • CARE支援組織
  • ジェンダーハンドブック
  • フォトギャラリー
  • お名前

    ふりがな(かな)

    登録メールアドレス(半角)

  • accountability2012.jpg