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ガザ地区ラファからのストーリー
ラファに安全な場所などない

Mohammed Joudeh
*Mohammed Joudehは、NGO安全プロジェクトに関わるコーディネーターで、ガザで活動する支援団体に対して安全情報を提供しています。

(2009年1月8日、現地時間午後6時)
現在、午後6時。通りや近所は全く人影がない。窓が取りはずされている家もある。爆撃で窓ガラスが粉々になって飛んでくるのを避けるためだ。この日、多くの空爆があり、いくつかの家が破壊された。爆弾の金属片は家のすぐ近くに飛んできた。

朝、食料品店は完全に空っぽだった。棚に唯一あったのは、衛生用品だけ。パン屋も皆、閉まっていた。また小麦がないのだ。何人かの男たちが小麦を求めて、歩き回っていた。UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)がガザでの活動を停止したことを残念がっていた。

多くの子どもたち、いとこ、親戚が私の家に寄せ集まっている。身体が不自由な祖父母もいる。爆撃についての警告を受けたあと、エジプトとの国境沿いにあるキャンプから移動せざるを得なかったのだ。祖父母は二人ともおびえた目つきで何かをじっと見つめ、待ちながら座っていた。妻はぬくもりと保護を求めて、私にくっついていた。妻は次に起こることを怖れていた。

私の家で、大人たちの間で重大な議論が持ち上がった。ここを離れて、ラファでもっと安全な場所を見つけるべきか。あるいは、ラファに安全な場所などないのだからここに留まるべきなのか。通りは標的となり得る、モスクもそうだ。どこに行っても、標的とならない場所はない。

議論は夕食時まで続いた。夕食はいくらかのジャムに白チーズ。朝食と同じだ。それに比べて、昼食はすばらしかった。缶詰の肉だ!信じられないかもしれないが、缶詰の肉は、調理用のガスや電気がないときは、実においしい食事なのだ。私たちには、祖母が30年前に使っていたランタンに明かりをともす灯油さえない。このランタンは、今回の紛争が始まったときに、屋根裏部屋でほこりまみれになっていたのを見つけたのだ。

ああ、電気が恋しい。ラファには水もなければ、食べ物もない。私はほとんどの時間、携帯電話を切っている。電池を長くもたせるためだ。必要なときだけ電源を入れる。多くの人が電話をかけてきて、こちらの状況について聞く。親類の中には、電話で、彼らと一緒に住むことを提案してくれた人もいた。とてもありがたかったが、彼らの家はとても小さく、すでに手狭で、私の家族全員は入ることができないだろう。どうしたらいいのか。どこに行けばいいのか。

F16機がまた頭上を飛んでいる。子どもたちは、母親にぴったり寄り添っている。猫は祖父の毛布の下に潜っている。そして、大人たちは、次の爆弾が来るのを待っている。ここに落ちて家を破壊してしまうであろう次の爆弾を。

とても恐ろしい暗い夜だ。皆、朝と太陽の光を待ち望んでいる。いくらか光があれば、もう少し安心できる。子どもたちは闇を嫌う。闇は子どもたちをおびえさせる。特に、爆弾が暗闇で見えないところに落ちるときは。

私はどうするか、決めなければならない。私は、家族と一緒にラファにあるUNRWAが運営する学校の一つに移動した友人に電話した。立ち去るか、このままここに留まるのかを決めるために。電話をかけた後、私はがっかりした。友人は、寒さや電気がないこと、食事が悪いこと、窮屈なことなどについて文句を言った。そして一番重要なことだが、そこも安全ではないと言うのだ。

ついに、私は決断した。ここに留まることを。ラファに安全な場所などないのだ。


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