スペシャル・リポート

バングラデシュから CAREスタッフ日記
「幸運の喪失と発見」
(ケア・ドイツ―ルクセンブルク Sandra Bulling)

すべてを失ったけれど、家族が無事だったことが何よりも幸せと話すMorsheda。右は夫のKailsen。

長いドライブの後、私たちはダッカのコミュニティ病院と協働してCAREが運営する5つの巡回医療チームの一つを訪れた。このチームは、現地を移動し、一日に何百人もの患者を治療している。私たちは、世界で最も広大なマングローブの森の一つ、Sundarabans付近でチームにようやく落ち合えた。医者が、燃えるような太陽の下で、5人の看護師と一緒にテーブルの後ろに座っている。強い日差しから唯一彼らを守っているのは、頭上にある赤いビニールシートである。多くの人々が、治療を受けるために列を作っている。怪我、肺炎、そして下痢が、最も典型的な症状である。

「下痢などの症状を引き起こす水因性の病気が増えている」と、Abul Boker医師は私に話した。「被災者たちは、汚染された池の水を飲まざるを得ない。サイクロンがもたらした潮流が、池を塩水化してしまったのである」。これらの池以外にこの地域に飲料水はない。トイレや水浴び場は言うまでもなく、水道管すらないのである。「私たちはのどが渇いている。その水を飲むべきではないということはわかっている。しかし、それでは私たちはどうすればいいのだ」とある男性は話した。

私には答えはわからない。CAREの水浄化施設は一日に1万リットルのきれいな水を作ることができるが、あまりにも多くの人々が水を必要としているし、対象地域が広すぎて、すべての人に行きわたるようにすることは難しい。今日の地元の新聞によると、690万人もの人々が、今回のサイクロンによる被害を受けているのだ。

列をなす人々一人ひとりに目をやりながら、あたりを見回していたら、小さな小屋が見えた。それはとても小さく、中では誰も立つことができないほどだ。壁はビニールシートと毛布で覆われている。いわば、壊れたパッチワークの家である。その前で一人の女性が立っており、大切そうに腕に小さな赤ん坊を抱えている。これまでに私が会った人々と同じように、彼女は私に目配せをし、自分の壊れた家を見せた。

「サイクロンが直撃した後、私は3日間自分の夫が死んだものと思っていました」と、彼女、Morshedaは言う。彼女の夫、Kailsenは沿岸で働いており、魚の干物を作り、家族のために収入を得ていた。彼はサイクロンが来たとき、木にしがみついた。数時間後、水位が上昇し、彼はヤシの木の頂上までどんどんよじ登って行った。翌朝、彼は村に戻ることができなかった。なぜなら、暴風雨でもぎ取られ、倒れた木で道がふさがっていたからである。その頃、彼の妻はすでに喪に服していた。3日間、彼女は辺りをを無気力に歩きまわり、絶望的な気持ちで夫の遺体を捜した。するとその時、夫がゆっくりと近づいてくるのが見えた。「私はとても衝撃を受け、そして安どしました。それはもう言葉では表すことができないほどです」と彼女は話した。「私は、アヒルや鶏、家、そして収入などすべてを失ったけれど、家族が生きていること、ただそれだけで幸せです。私たちは、これからなんとか生きていかれるでしょう」。絶望のなかに、MorshedaとKailsenは小さな幸運を見つけたのである。

クルナへ戻る5時間にも及ぶ移動の間、私はずっとこの若い夫婦のことを思い出していた。美しい夕焼けを見ながら、私はより多くの人々が何らかの幸運を得られたことを望んでいた。そして、生活を続け未来を再建していくために必要な精神、強さ、そして手段を、人々が見つけることができたら、と思った。MorshedaとKailsenのように。

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