
静岡県にお住まいの佐藤さん(写真右)。東京で開催されたイベントに高校生の娘さんと足を運び、CAREのブースを訪れてくれました |
毎日会社勤めと家事に追われる普通の私にも参加できるボランティアはないかと探していたところ、ケア・インターナショナル・ジャパンのホームページでデザインボランティアを知り、ここから私とCAREの関わりが始まった。
デザイナーとしては十数年のキャリアを積んだが、ボランティアとは全く無縁の生活。その上、私の仕事は公共施設等の案内板や看板を中心とするサインデザインという特殊な分野なので、果たしてケア・インターナショナル・ジャパンの望む「デザインボランティア」として役に立てるのか多少疑問に思いながらの応募だった。ただ子どもたちが成長して気持ちに余裕ができたこともあり、少しは人のためにこの余裕を使ってもいいのではないかという思いがあった。
幸いにも展示会イベントのような、経験のある分野の仕事があり、昨年は微力ながらも日比谷公園にて開催された「グローバルフェスタJAPAN 」におけるブース用展示パネル、また、ケア・インターナショナル ジャパンがカンボジアにおいて実施しているレインボー事業のポスターデザインなどでお手伝いをさせていただいた。素材となる写真や文言をメールしていただき、それらをひとつの画面に組み立てていく。書体や色のバランスを考え、完成時のサイズや展示される場所の状況などできる限り考慮して制作作業を進める。素材の中には心打たれる写真や幼い子供が描いた絵などもあり、すっかり感情移入してしまうこともあるし、地図の国境ラインをなぞりながら思いはその国へ飛んでしまうこともある。
またボランティアと言えども引き受ける以上はお金をもらう仕事と一緒、締切りもあり、担当者の意向もある。CAREのスタッフにとってはきっと知ってて当たり前の地図中の国名と国の位置が合致せず宿題のように地図帳からせっせと探し出したり、しかも英語の資料だったりすると、忘れたはずの向学心が刺激され時間を忘れてしまうこともしばしばなので、制作作業は深夜に及ぶこともある。しかし毎日丁寧に原稿をチェックされ的確な指示をくださるスタッフとのやりとりの中で、金銭の授受のある仕事よりはるかに、責任と充実した時間を感じたことは全く予想外だった。
そればかりでなく、さまざまな事業の資料にふれているうちに、日々の生活の中で当たり前だと思っていたこと、例えば専門教育を受けられたこと、仕事を得て家族を食べさせてゆけること、病気になったらいつでも医療が受けられることや何より自分の生き方を自分で選択できることなどがいかに恵まれたことであるか、生まれて初めて自分自身の感覚としてとらえることができた。それは地を這っていた視線が鳥の視界になったような新鮮な驚きで、こんな歳になり日常に追われていると、なかなかそんな劇的な体験をする機会はないので本当に驚いた。
狭い世界のなかで生活している私には今まで何もできなかったし、国際協力という言葉も私にとっては非日常でそんな発想もなかった。これからもできることは多くないかもしれない。しかし気づかなかったことに気づいたこと、考えるきっかけを見つけたことで、もしかしたら私は国際協力ボランティアのスタートラインに立てたのではないかと不遜ながらも思っている。
年の瀬、娘を伴って銀座の画廊で行われた津波一周年イベントの写真展にお手伝いに出かけた。口で言ってもどうせ分からない今時の子どもだが、見るだけ、聞くだけでもきっと小さな種を持ち帰ることができるのではないかと期待した。
なんとなく始まったボランティアのある生活は、期せずして根を張りつつあり、少し人生観が変わったような気がしている。
2005年末のスマトラ沖津波1周年企画「チャリティ写真展」にも
娘さんとお手伝いに来て、報告を聞いてくれました
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