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2006年 5月号



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      ケア・インターナショナル ジャパン メールマガジン
**読むだけで国際協力**  2006年5月1日
< http://www.careintjp.org >

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▼▼CARE International Japanニュース・・・ブログ始めました!!▼▼

先月から、CAREメールマガジンチームで、ブログを書き始めました。社会
人と学生で成り立っている私たちメールマガジンチームのメンバーが、ボラ
ンティアや国際協力について日々思うこと、日常生活で感じたことを徒然なる
ままに書いていきます。読者の方とのコミュニケーションの場にもできたら
いいなと思っていますので、ぜひコメントをお寄せください!
ブログはこちらから→ http://blogs.yahoo.co.jp/care_bora/

そして、今月13・14日には、いよいよ「タイ・フェスティバル2006」が開催
されます!食事もステージも楽しめるタイづくしのお祭りです。CAREは、
タイの雑貨やCAREグッズの販売などを行います!ぜひCAREブース(S72)にも
お立ち寄りください!
タイ・フェスティバルの詳細はこちらから→ http://www.thaifestival.net/

┏━【CONTENTS】━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
■今月のPICK UP!!
国際協力の基礎2:国際協力の起源とCAREの始まり
■コラム
世界遺産の保全と危機遺産
■国際協力用語事典
「参加型開発」
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

■□■ 今月のPICK UP!! ■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━━

国際協力の基礎2:国際協力の起源とCAREの始まり

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*先月に引き続き、「国際協力の基礎」第2弾をお届けします。先月のテーマ
「南北問題」の復習はこちらから→
http://www.careintjp.org/support/mg-backnumber/mg054.html

国際協力の発端となったのは、1944年にアメリカのニューハンプシャー州
ブレトンウッズで開催された国際通貨金融会議です。この会議で締結され
た協定に基づいて、1946年に国際復興開発銀行(通称世界銀行、IBRD)、
1947年に国際通貨基金(IMF)、1948年に関税および貿易に関する一般協定
(GATT)といった今日の国際協力に欠くことのできない機関が設立されま
した。世界銀行は現在、途上国への開発援助・支援を行う世界最大の機関
ですが、設立当初は欧州や日本の戦災からの復興を主な目的としていました。

第二次世界大戦後に援助活動を積極的に展開したのはアメリカでした。
1948年から1951年までイギリス、フランス、西ドイツなどヨーロッパ16カ
国に対して、戦後の復興に必要な物資や資金を援助したのです。このヨー
ロッパ復興援助計画は、当時の国務長官マーシャルが構想したためマーシャ
ル・プランと呼ばれ、1951年の計画終了までの援助総額は、122億ドルに達
しました。

政府の援助活動開始よりも3年ほど早い1945年、アメリカ国内で戦後の苦し
い状況にあるヨーロッパの人々を救済するための団体が結成されました。
ヨーロッパからの移住者が多いアメリカでは、母国の知人や親戚を案じる
人々が集まり、贈り物をしようと考えたのです。市民組織、協同組合、労
働組合など22の団体が集まったこの団体は「対欧送金組合」として創立さ
れました。英語では“CARE”と呼ばれたこの団体こそ、現在のケア・イン
ターナショナルの母体です。CAREは1946年に初めて、食糧や生活必需品
をセットにしたケア・パッケージをフランスのル・アーブルに向けて送りま
した。当時のヨーロッパは世界大戦の傷跡があちこちで見られ、現在からは
想像できないようなありさまでした。CAREはその後もヨーロッパ12カ国に向
けて、被災者を救うため何百万のケア・パッケージを送り続けました。

1948年、ヨーロッパ復興のめどが立ったことから、CAREはヨーロッパ向けの
援助を終えて、今度はアジアへと目を向けました。アジアでは被害の一番大
きかった日本が最初に支援を受けました。横浜に本部事務所が設けられ、ア
メリカから船で送られてきた小包が陸揚げされました。小包の中には4人家
族が1カ月暮らしてゆけるだけの食糧が入っていました。CAREはとりわけ日
本の子どもたちの苦しみを和らげることが必要と考え、乳幼児に向けた食料
パッケージを多く送りました。その中には、穀物食品、全脂粉乳、ビタミンC
錠剤、グラニュー糖などが入っていました。また、戦後に孤児となってしまっ
た子どもが多くいたため、運営の厳しかった孤児院に食糧、衣料、書籍を寄付
して孤児となった子どもたちを重点的に支援しました。また、ケア・パッケージ
には、食糧や衣料といった生活必需品のみでなく、農具などの生活を立て直す
ための物資も詰められており、これは、当時から長期的視野に立った支援を
重視するCAREの活動を象徴するものでした。

CAREは横浜を拠点にしながら、東京、広島、長崎といた被災地へも活動エリア
を広げていき、1949年には全国各地の小学校を対象に、学校給食用に脱脂粉乳
の供給活動も行いました。日本での活動開始から8年間にわたって、CAREは
戦争の相手国だった日本の貧困家庭や孤児院を中心に、何万ものケア・パッケー
ジを送り続け、約1000万人が支援を受けたと言われます。1955年、日本が戦災
からの立ち上がりの兆しを見せはじめると、CAREは日本での活動を終えて今度
は他のアジア諸国、ラテンアメリカ、アフリカへと支援先を移していきました。
CARE以外にも、今日まで活動を続ける国際規模のNGOが第二次世界大戦の前後
に創設されました。1930年代のスペインの内紛で被害を受けた子どもを支援
する機関、第二次世界大戦中のギリシャへの食糧援助から始まった機関など
が挙げられます。このような利害関係を越えたNGOの活動には、市民の善意が
純粋に表れています。

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今年の5月11日はフランスにケア・パッケージが初めて届けられた日から数え
て、ちょうど60年にあたります。これからも誰もが人間らしく共に生きること
を目指して、CAREの活動は続きます。
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■□■ 今月のPICK UP!! ■□■━━━━━━━━━━━━━━━━━

   世界遺産の保全と危機遺産

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今月、世界遺産である広島の原爆ドームを、被爆100年の2045年まで現状保
存する方針が発表されました。原爆ドームは、近隣の高層マンション建設予
定や原爆ドームの耐震性・風化などが問題となり、2003年から整備方法を検
討されていました。

▼世界遺産の保存の考え方
世界遺産には、建造物や遺跡が該当する「文化遺産」と、地形や景観などが該
当する「自然遺産」、その二つを併せた「複合遺産」があります。基本的に世
界遺産は世界遺産条約により、専門家をおくことや研究を行って保全するこ
とが定められていますが、「保存」「保全」と一言でいっても考え方はさま
ざまです。原爆ドームは学者や被爆者による検討懇談会で、博物館で室内保
存する案も出されたようですが、最終的には雨水や地震対策をしながら現状の
まま保存することになりました。原爆ドームの形そのものをしっかり残すとい
うよりも、「そこにある」という場所や景観も含めて保存するという考え方な
のでしょう。日本で人気のアンコールワット遺跡群(カンボジア)の一つ、タ・
プロームは積極的な修復はせず、発見当時のまま大樹に押しつぶされるように
建っています。何も手を加えないであるがままにまかせるというのも、保存の
考え方の一つのようです。また修復・復元する場合には、その資材や特徴が正
確な情報に基づいている必要があり、時代や風土などから想像して復元するこ
とはできません。さらにすべてを復元してしまうことも許されていません。

▼危機遺産
世界遺産は2005年7月現在で計812が登録されていますが、その中には武力紛争
や自然災害、都市・観光開発などによって、保全が深刻な状態の「危機遺産」
が34あります(2005年8月現在)。2001年3月にタリバンによって崩壊されたバ
ーミヤン(アフガニスタン/2003年に危機遺産に登録)のように、紛争により
危機遺産となったものがよく報道されますが、それだけではなく、そのすばら
しさ故に集まった一般の人々が、じわじわと危機遺産へと追いやっている現実
もあります。ネパールのカトマンズの谷は、急速な都市化と人口の流入により、
ゴミや下水の処理能力が全く追いつかず景観が失われ、2003年に危機遺産に登
録されました。下水道完備がなされていないこの街には、観光客目当てのホテ
ルが建ち並び、し尿は近隣の川へ流れ込んでいるといいます。また、ゴミの回
収や処理の仕組み・技術が整備されていないため、彼らが捨てていく電池も処
理することができず、ゴミの山に放置されるのみです。観光客に人気のじゅう
たんも、その製作段階でカトマンズの少ない水を汚しているという問題も知っ
ておかなくてはならないでしょう。

原爆ドームは風化も深刻ですが、ドイツのケルン大聖堂が高層ビルによって周
辺の景観が損なわれたとして「危機遺産」に登録された経緯もあり、広島市で
高層マンション建設に対して高さ制限などの法整備を求める運動も起きていま
す。一方、1992年に危機遺産に登録されたアンコールワットは、ユネスコを始
め日本やフランスなどの調査団が尽力して保全に努め、現在はカンボジア人専
門家も育って、2004年に危機遺産から解除されました。人間・文化のすばらし
さを思い起こさせる世界遺産は、後世に伝えていくもいかないも、結局は人の
手に委ねられ、私たちにはやらなくてはならないこと、やってはいけないこと、
どちらもたくさんあるのだと思います。

■□■ 国際協力用語事典 ■□■━━━━━━━━━━━━━━━

「参加型開発」

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中央政府やNGOなどの援助機関による一方的なコミュニティ開発は、援助を行う
側が活動を主導していくことが原因となり、これまでいくつかの問題を抱えて
きました。住民の援助への依存心が生まれてしまう、事業が地域のニーズに合
わない、事業が成功したとしても、援助機関の撤退後に活動が維持できなくな
るといったものがその例です。

これらの問題は、住民の声が事業に反映されないことが原因となり、引き起こ
されると考えられています。そうした中、以前にも増して重要性が叫ばれてい
るのが「参加型開発」と呼ばれる開発の形です。参加型開発の歴史は、60年代
以前にさかのぼります。当初は「自助努力」の必要性の認識、経済発展中心の
開発が住民を無視して行われてきたことへの懸念から、住民の参加を重視した
事業運営が試みられましたが、前もって外部者により決められた計画に住民が
参加していく、トップダウン方式に過ぎませんでした。90年代以降、参加型開
発の概念は、事業の受益者である住民自身が開発の意思決定プロセスに参加す
る住民主体型へと発展を遂げたのです。

参加型開発の方法にはさまざまなものがありますが、ここでは例として、PRA
(主体的参加型農村調査法)を挙げてみましょう。80年代にロバート・チェン
バースにより理論化されたこのアプローチでは、これまで外部の専門家が中心
になって実施していた、事業を開始するにあたっての地域調査を、受益者であ
る住民が主体となって実施します。その過程には、地域の地図・年表・年間の
カレンダー作りによる現状の把握や、住民による将来構想などがあり、住民た
ちが持っている情報を視覚化し、共有することで、地域社会や日常生活におけ
る問題点を発見し、その問題を住民自ら解決していくことができます。

参加型開発を行うメリットとしては、第一に、地域住民の主体性を醸成するこ
とができる点があります。住民たち自らが、自分たちの抱える問題を理解し、
その問題を解決していく方法を考えていく過程の中で、人々は、自ら学び、
行動する力をつけていくことができるでしょう。また、開発機関が離れた後も
住民たちにより事業を継続させることができ、より「持続可能な開発」となる
ことも大きな効果です。第二に、地域社会をよく知る地域住民がプロジェクト
を主導していく点です。地域住民が事業に参加していくことで、住民が本当に
求めているニーズに合うプロジェクトを、その地域に適した方法で展開するこ
とができます。第三に、住民・地域社会のエンパワーメントを促進し、多様な
立場の自由な発言を尊重する参加型開発手法により、民主的で開かれた社会、
組織の形成を促す効果もあると言われています。

その一方で、参加型開発には、解決していかなければならない問題もあります。
事業に参加する住民組織の一人ひとりの声は平等に反映できているのか、参加
型開発であるということが、政府や開発機関側の政策や事業の計画に対して正
当性を付与するためのプロセスに利用されてはいないかなどです。こうした
「参加」の促進は、外部からの押し付けとなり、効果をあげるどころか、かえ
って様々な弊害を招く結果となりかねません。私たちはこのことを十分に認識
していく必要があります。

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★☆★編集後記★☆★∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
参加しているだけではだめ、大事なのは参画!なのではないでしょうか?(めぐ)
アンコールワットが危機遺産からはずれたのは知りませんでした。昨年行って
きましたが、本当に圧倒される美しさで、修復がガンガン進んでいました。
日本もかなり支援してるんですよね。(りえ)
ケアも60歳。このままだと、ケアが100歳を迎える日も・・・
40年後の世界では貧困が消えていることを願います! (さちこ)

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