生きるチカラを信じて支える ケア・インターナショナル ジャパンは、貧困の根源の解決に向け、災害時の人道支援を行うとともに、「女性や子ども」に焦点をあてた活動を通して、最も困難な状況になる人々の自立を支援しています。
東日本大震災ブログ

祭りの支援に見えたもの [木村雅子のブログ]

[ 2011.11. 1 ]

私がインフォメーション・オフィサーとして現地に派遣されたのは9月の最終週でした。そして岩手県宮古市に着いた翌日、まだ土地勘も掴めないまま最初の活動として参加したのが、上閉伊郡大槌町で2日間にわたり行われた、「小鎚(こづち)神社復興大祭」でした。

大槌町は、今回の震災被災地の中でも一際、凄まじい被害を受けた地域の一つです。10月27日付の県の発表では、死者802名、行方不明者526名と、その人的被害者数は陸前高田市に次ぎ県内2番目に上っています。中心街は壊滅的な状態となり、町長さんをはじめ多くの役場職員の方が犠牲になったため、行政機能が麻痺して緊急支援の初動が遅れ、今もって他の地域より復興の進捗も遅れています。この町で今年も祭りを行うかどうかについては、町民の間で賛否両論があったと聞きました。しかし最終的に、こんな時だからこそ祭りをやりたいという熱い想いが勝り、CAREはその実現を応援しようと、神社社人会に70枚の官服を、13の郷土芸能団体に必要な衣装や楽器などを、そして「大槌復興」の文字を染め抜いたオリジナルTシャツ600枚を製作して、関係者に寄贈しました。

宮古市から大槌町に入るまでの車中では、初めて直接目にする被災地の情景に圧倒され言葉が出ませんでした。ニュース映像で毎日のように目にしていた情景のはずなのに、実際に目の前にすると、それは視界に入りきらないくらいの広がりで奇妙な威圧感を持っており、傍らで穏やかに輝く海の美しさとの対比に、迂闊に言葉にはできないような静かな衝撃が広がったのを憶えています。

重い気持ちを抱えたまま小鎚神社に到着したのは午後6時前。神社の境内には既に多くの参拝者や祭りの関係者が集まっていました。

臼澤鹿子踊

子供たちの振りを直すベテラン勢。
郷土芸能の伝統が未来に引き継がれていく。(臼澤鹿子踊)

境内のたいまつに火が入り、夜の闇が本番になってきたころ、突然、本殿前から響いてきた神楽の音。急いで走って行くと、鹿子踊(ししおどり)の一団による舞の奉納が始まっていました。その舞を目にした時、被災地に居るという緊張感や重い気持ちは瞬時に消えて、一気に舞の世界に引き込まれました。

たいまつの炎に照らされた幽玄な空気の中、重々しい衣装と鹿子の面に身を包んだ踊手の動きには400年の歴史に裏打ちされた迫力と荘厳さがみなぎり、その動きに合わせて観客の熱気も一つになり高まっていくのが感じられました。数百年の昔から厳しい東北の自然とともに生きてきた人々の生き様を内在し、土地に深く根ざして脈々と継承されてきた郷土芸能。その重みと厳粛さを文字通り肌身で体感する思いでした。

大槌町一帯では集落ごとに固有の踊りが伝承されており、郷土芸能団体の数は全部で16に上ります。今回の震災では、その多くが甚大な被害を受けました。活動拠点である会館を失い、山車や太鼓衣装など道具の殆どを津波に流され、それらを作る職人さんを失い、一部の団体では存続を断念せざるを得ないという声も上がったそうです。しかし、「震災に負けるわけにはいかない」、「ここで郷土芸能の歴史を絶やすわけにはいかない」という関係者の強い想いが、活動復活の原動力になりました。そしてこの日、11の郷土芸能団体が祭りに合わせてできる限りの準備を整え、年に一度の晴れ舞台に臨んだのです。
祭り2日目、前夜とはまた異なる快晴の秋空の下で、郷土芸能団体が互いに舞を競い合いました。そして、その場にいる全員が長い黙禱を捧げた後、祭りのクライマックスとなる神輿の渡御が行われました。例年であれば大槌町の中心街を練り歩き、最後は海に繰り出されるところ、今年は神社内だけに限られる渡御でしたが、70人を超える担ぎ手が威勢のいい掛け声を挙げながら境内中を練り歩く様は、活気とエネルギーに満ち溢れた勇壮なものでした。

「今回は楽しいだけじゃなく、いろんな思いでいっぱい。神輿見た時は涙が出た。やっぱりお祭りは絶やしちゃいけない。」「今日がまた新たなスタート。今回は自分らが支援を受けたけど、その恩返しとして、落ち着いたら次はこっちがどっか余所を支援していく番だ。」城山虎舞のリーダー、菊池忠彦さんはこう語ってくれました。 「めいっぱい、亡くなった人の分まで頑張るぞ、という思いでやった。この祭りがしっかり震災復興の原動力になって、みんな気持ちを強く持って頑張っていけるんじゃないかと思う。」3人の身内を亡くされながら、郷土芸能団体の取りまとめ役として活躍された臼澤鹿子踊(うすざわししおどり)保存会会長、東梅(とうばい)英夫さんも晴れやかな笑顔でおっしゃいました。

獅子舞を披露する山田大神楽の方々

境内で獅子舞を披露する山田大神楽の方々。

地方にとって祭りや郷土芸能の継承は、単なるイベントを超え、共同体の結束や郷土への愛着、誇りを強める特別な役割も担い得るものと思います。そしてこの町では、祭りや郷土芸能にかける情熱は一際、大きいのだそうです。

祭りの日、境内には亡くなった方の遺影を手に祭り見物に来られた方もおられました。「(いなくなった)あいつも、きっと来てるよな。」という話し声も聞こえてきました。例年同様、祭りに合わせて里帰りしてきた方々もおられました。

現地に来てまず最初に、ここに暮らす人々のコミュニティや伝統文化に対する想いの強さを垣間見られたことは、私にとって非常に意味あるものだったと思えます。

CAREでは大槌町だけでなく、山田町でも同様に、4つの郷土芸能団体に対する支援を行いました。山田町にとっても祭りは"地域の心とアイデンティティを支える特別なもの"と考えられています。大槌町より1週間早い、9月17、18両日に行われた「山田八幡宮復興祈願例大祭」も、この日に向けてようやく復活の準備を整えた郷土芸能団体の熱演で大盛況だったそうです。

未曽有の震災は、被災地一帯のコミュニティを滅茶苦茶に分断しました。信じられないような被災体験を抱えた方々にとって、今回の祭りが新たな活力源となり、地域再生の一助となっていることを願います。

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