パメラさんの話(ジンバブエ)
私の名前はパメラです。妹はモニカです。彼女は8歳で、私は15歳です。私は6年生でモニカは3年生。
私たちは2人だけで生活しています。
お父さんは2009年に亡くなりました。彼は農場で働いていましたが病気になり、病院に運ばれそこで亡くなりました。
お母さんは南アフリカのヨハネスブルグに行ったきり、帰ってきません。
ある日、「友だちに会いに行く」といって去り、戻ってくることはありませんでした。
仕事を探しに行ったのですが、見つかったのかどうかは分かりません。ときどき連絡がきて、
食べ物がなくなったらお金を送るから電話をするよういわれています。そして少しのお金を送ってくることもあります。
お母さんのことを考えると辛いです。長い間いなく、私たちは2人取り残されてしまいました。お母さんが恋しいです。
お母さんが去ってから、私は自分で計画をし、決定する必要があります。炊事洗濯、食事もすべて自分で作ります。
私たちは近くの井戸から水を取って来ますが、水はとても汚く病気になってしまいます。いつも私の妹の方が病気にかかります。
通常水は私ひとりで汲みに行きますが、水が完全にない時は、モニカが一緒に来てバケツの半分を運びます。
毎週私たちのどちらかが病気になります。毎週です。回復するには何日もかかることもあります。
病気になったときはとても辛いです。
妹が病気なると私は困ってしまい、どう対処したらいいか分かりません。彼女を助けることができないのです。
水のせいで彼女は病気になってしまい、それに対して私はどうすることもできません。
私の願いは、安全な水が自分たちの近くにあること。家の近くに安全な水がないので学校までバケツを持っていき、
学校から水を取ってこなくてはなりません。そのせいで宿題をする時間や他の子と遊ぶ時間がなくなり、
家事をする時間も減ってしまうのです。学校へは約4キロの道のりです。
バケツを家に運ぶ時はいつも休みながら歩きます。他の子たちは先にいってしまいます。
みんなはグループでいき、私は1人で歩きます。誰もバケツを運ぶことを手伝いません。
時には、暗やみのなか家に帰るときはハイエナが怖くなります。
バケツを運んでいるときに見つけると、バケツを置いて逃げなくてはいけません。
ハイエナが遠吠えしているのが聞こえるのです。
一度、家に帰るのが怖すぎたために学校の近くの家に泊まったことがあります。
妹は下痢をし、病気になるたびに吐きます。私は彼女の面倒を見なくてはならず、学校に行く間は彼女を1人にしなくてはなりません。
彼女を1人にするのも大変ですが、学校で遅れをとり、授業が分からなくならないか心配です。
日々、火をおこし学校に持っていくお弁当を作ります。そしてバケツを持ち学校まで歩きます。
放課後は水を運んで帰ります。そして朝の食器を洗い、夕飯を作って食べます。
遊ぶ時間はありません。あったらいいのですが。
朝5時頃出て、帰宅は夜7時頃です。
近所の人たちと、愛情を持って穏やかに生活していきたいです。そして私の家族には成功してほしいです。
注)ANCP WASHプログラムは、彼女たちの学校及びコミュニティーに衛生訓練を提供することになっている。
ただし、少女たちのために仮説トイレを建てるかどうかはコミュニティー次第であるし、
また学んだことを家で実践するかも彼女たち次第となる。
CAREは周辺の深井戸を修理する予定ではあるものの、未だ計画には組み込まれていない。
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